- 日本サッカー協会のサッカーアカデミーで、相撲実習を行っている記事、2月12日付けを読んだ。体作りのため、相撲部屋で合宿し、掃除、食事の準備、朝稽古などに取り組んでいるという。
体の華奢で成長期の中学生が、異年齢の集団で精神的に鍛えられること、身体を強くするため栄養摂取について考えること、下半身や体幹の訓練のため、しこやすり足などのサッカーでは使わない動きでトレーニングすることは、有意義であると思う。
瞬発力をつけるため器具に頼りがちな筋トレよりも、ただのランニングよりも、歩く、立ち座り、といった身体を長時間支持する筋肉の強化がサッカーでは大切であると、常日頃から思ってきた。韓国のサッカー選手がタフなのは、伝統的なバランスのよい食事と、幼少時から登山などよく歩いているお国柄も大きい。
学生時代に、ただサッカーをしているときは、体重が小さいと吹っ飛ばされることが多く、ゲームで体力をつけてきた。しかし、あるとき、週3回の柔道を始めたところ、ランニング量が減っているのに、あたり負けが減り、ドリブルやシュートが安定した。柔道の畳に寝そべって行う匍匐前進や寝技のトレーニングにより、筋力とボディバランスが高まったのだ。
レスリングや柔道、相撲のような人類史の原点のような、素手のスポーツは、あらゆる職業やスポーツに必要な何かを備えている。ハングリーさ。冷静さ、全身左右バランスよく鍛えた身体、身体の構造に無理のない動き。さすがに大人のプレーヤーにそこまで必要かは不明だが、成長期に身体に無理なくトレーニングを行うには、ダンベルより自分の体重を生かした筋トレは素晴らしいと思う。
柔道の受身がバレーボールに生かされるように、
幼少時はいろいろな基本的動きを学ぶスポーツに触れるべきであろう。
スポーツの英才教育とは何か、そのスポーツの発展と彼らの人生について考えられているのか。
欧米の音楽院やバレエ学校のように、途中で転向することを考えて、
あるいはゆくゆく有能な指導者になるべく、学業をしっかり修めさせているのか。
選手寿命を長くするのは、本人の自己管理能力ばかりでなく、必要なときにドクターストップをかけられる審判の能力の高さ、コーチの指導力。そして、自分で練習メニューを考えられるだけの知識は判断力を持つべきだ。
それは、近代スポーツよりも、伝統武術に伝承されている。自分を高めるために、相手を思いやる。相手に致命傷を与えず、共存共栄する心。それはきれいごとではなく、スポーツ発展のために、選手の、そして観客であるこどもたちの教育のために必要であろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿